SSTR、参戦!

Ramには一真くんをはじめとする愉快な仲間たちがいる。
その愉快な仲間たちと過ごす生活は、こちらに書きこむネタに困らない日々と言える!

ひるがえって、私はただの独身じーさん。相変わらずネタがない日々。。
なので、またまたバイクネタを投下する(笑)

「SSTR」というイベントをご存じだろうか。
一瞬、スティールボールランと読み間違うジョジョ・ファンが出てくるかも知れない字面だが、馬を駆ってアメリカ大陸を横断するスティールボールランと似ていると言えないこともないイベントだ!

SSTRとは
日本最大級のツーリングラリー・イベント。
日の出とともに日本列島の東側の海岸をスタートし、設定された「立ち寄り地点」を巡ってポイントを獲得しつつ、その日の日没までに石川県千里浜なぎさドライブウェイのゴールを目指す、年に一度のイベントだ!
(詳しくはコチラ

 オイラの場合、大阪湾からスタートし、立ち寄り地点を経由しつつ、日本海側のゴールに向かうことになる。昨年の阿蘇や山口のようなフェリーを利用したツーリングを除けば、オイラにとって間違いなくトップクラスの長距離ツーリングになる見込みだ。スティールボールラン、よろしく、楽しんでみるつもりだ。

そんなイベントに今朝、申し込んだw
ようやく発生した書き込みネタを即日消費!

つまりは、ネタのない日々がまた始まった、ということだ・・・

脆く、治らず、そしてネタがない。。。

結論から書くとネタがない。。。

で、前半部分の話も”ムリクリ”ひねり出した感があるのだが、先のRamの書き込みにも通じる「終焉」を意識するような出来事。

それは仕事中のこと。

ちょっと離れた郵便ポストに急いで投函しようと走り出した。
走り出したといってもジョギング程度の速さ。
ところがだ。。20mも走ったところで、右ひざに違和感を感じ出す。
気を使いながらも走り続ける。
違和感が”痺れ&痛み”に変わり、100mくらいで早歩きに変更する事態に。。まるで「ガラスの脚」のような脆さだ。

そして痛みは定着、階段の上り下り、曲げる動作の時に膝が痛むようになってしまった。

それが約2週間前のこと。痛さはだいぶん弱まったものの、いまだに残っている。なかなか治らない。。。治らない身体になってしまったw

その間、お袋さんの病院の付き添いもあったが、加齢に伴いソロソロと歩くお袋さんと同様、右足を引き摺るように歩くデカイ息子が連れ添って歩く、といった構図になってしまった。やれやれだ。

世の中、選挙だ、自民党大勝だと騒がしい。

しかし、オイラには関係ない。早く、暖かい季節になってくれ。
そしてオイラの身体を癒しておくれ!

切に願うのだ。

年賀状に「お互いに老け込むことなく」なんて、偉そうなことを書いておいてこのざまだw
笑ってください。。

ネタがないのでバイクネタを投下する。(音量注意)
去年の動画をAIさんに編集してもらったのだ。容量が大きすぎる時は遠慮なく言ってくれ。期限付きのアップロードとするから。

最後にあえて言うけど「お互い老け込むことなく、ガンバっていこー!」

50代最後の12月に血圧の話

先月から続いたメディカルチェック。

職場の健康診断・胃カメラ、歯の定期健診、大腸カメラ検診。
幸いなことにいずれも大きな問題はなかったのだが、強く意識することになったのが「血圧」だった。

朝一の健康診断。最初のメニューが身長・体重、そして血圧なのだが、その血圧測定の結果、上が”150”と言われてビックリ!
「えっ!?」と思わず声が出た。
しかし、測定していた看護師さんは淡々と「(後のメニューの)内科検診のときにもう一度測定してください」とだけ言って、次の診断項目へ行けという。。

今まで健康診断で問題になるようなことはなかったのに・・・と思いつつ、それから約20分後の内科検診を受けたときに血圧を測定すると上は”124”とのこと。なんじゃそりゃと思ったが、今度は下が”92”となり、結局「塩分を控えるなどの生活改善をして様子をみてね」的な「C判定」となった。

血圧なんて常に変動するもんだから気にするものではないと聞いていたが、いざ自分が「問題あり」と言われれば気になってしまうのが人情というモノ。

さっそく調べた。
血圧計には公式がある。
血圧 = 心拍出量 × 血管抵抗 だ。

いわゆる 電圧 = 電流 × 抵抗 の公式と同じだ。

心拍出量 てのは 血液が流れようとする量、血管抵抗は血液が血管を流れようとするときの抵抗(流れにくさ)というわけだ。

そんな血圧には「上」と「下」がある。
「上」は、心臓が”ドクン!”と、心臓から血液が排出されたときに血管に与える圧力。収縮期圧力と言うらしい。
「下」は、血液が心臓に向かうときに血管に与える圧力。拡張期血圧と言うらしい。

まーイメージはわかった。でも、そこから先が諸説入り乱れよくわからない。
・ガイドラインでは 135/85 が基準値。
・病院で計る時の基準値より、家庭で計る基準値は低め。
・とりあえず今のガイドラインの値は厳しすぎる。
・そもそも、年齢、男女性別、身長・体重、人それぞれなのに何で基準値は一つなの?
・昔は基準の血圧は 年齢+90 だった。
・高齢者はほとんど基準より高い。でも、高い高齢者の方が認知機能もしっかりしてて活動的だ。

などなど。まー、血圧に関するネット記事やyoutube動画は腐るほどあるが、どれが正しいものなのかわからん。

で、我が家にも血圧計を導入することにした。
とにかく、自分自身のビッグデータを収集しすることにして、年に一回の健康診断の値に脅かされないようにしようと思う。

ちなみにスポーツジムで測定した10年以上前の血圧の記録が出てきた。
それによると3か月間10回の計測結果は、「上」が「115~132」、下が「63~84」だった。

加齢に伴う血管抵抗値は確実に上がっている。
このことには間違いなさそうだ。

そりゃそうだ。

なんたって来年は還暦なのだから(((´∀`))ケラケ)

最古のメール

自宅パソコンのメール(OUTLOOK)を整理して気づいたのだが、現存するメールデータで最も古いが1999年のものだということが判明した(たぶん)。

古いメールは、整理用フォルダに収納されており、その最も古い日付が「1999/05/16(日)」となっている。姉貴からのメールだ。
件名:おしらせ
本文:石井竜也のホームページのアドレスを教えます。みてね
    www.T-STONE.com

・・・だけ。
リンク先は今も生きている。昔から姉貴は米米クラブ、いや石井竜也のファンだったことをおもいだす。

私のアドレスは、当時のプロバイダー・日本テレコムの「odn」のアドレス。現在はソフトバンクに吸収されているが、ドメインはそのままに、今も使っているアドレスだ。

1999年5月は今の会社に転職して半年が経過したくらいか・・・。
おそらく、生活も落ち着き自宅パソコンのプロバイダを日本テレコムに切り替えたか・・・いや、ひょっとしたら、その前から利用していたがパソコンの更新、データの移行の関係で99年5月からのメールデータからしか残っていないのかも知れない。

インターネットの前、パソコン通信のniftyとか利用した記憶はあるが、その時の通信記録が残っているはずもなく、携帯メールはドコモからauに切り替えて最古のメールデータなど保存しているはずもないのだ。

とにかく、現存する最古のメールは1999年5月ということだ。

そのメールの保存場所には当時のプライベートのメールが保存されていた。もちろん、Ramのやつも保存されている。その中で一番古いのは、同じく99年5月、ドメインは”aanda.co.jp”となっている。
件名:Re: 幸せって、何だっけ?
本文:おう。久しぶり!。元気そうでOK。実は俺も色々あったりなかったりで、なかったりします。・・・(以下略、結構な長文だ)。

上記のメール、おそらくは私が相変わらず”ボヤキ”のようなメールを出してことに対する返事のようだ。今も昔もRamにはお世話になりっぱなしだw

そのほか、昔のメールをみていると差出人の名前を見ただけでは思い出せない人や顔を思い出せない人からのメールがたくさんみつかった。
少し意外だったのは親父からのメールが案外に多かったこと。思い出したが、当時の親父は自宅でパソコンに写真データを読み込み、サイズを拡大してプリントアウトして楽しんでいた。オイラの学生時代や社会人なりたての頃の写真や家族旅行の写真データをたくさん送ってきていた。
懐かしいものだ。

ふと思う。
この手の”思い出データ”、どうしたものか。
いや、どうするもこうするも、このまま放置するしかないとはおもうのだが・・・
今話題の生成AIを使って、二次利用、三次利用とかできるのかな。。。

そんなわけで、相変わらずオチの無い話題だったが、Ramの所有する最古のメールはいつのもの?

わたしの万博

 完全に時宜を逸した話題だが、大阪の人間として「万博」のことに触れないわけにはいかないだろう。

正式名称「大阪・関西万博」

開催期間:2025年4月13日~10月13日 計184日

 開幕前、あるいは開幕当初はネガティブな評判・報道に溢れた万博だったが、終わってみれば「万博ロス」というワードが巷に溢れるほど好評のうちに閉幕していた。
 ちなみに私の住まい「大阪市住之江区」と「万博会場」の位置関係はこちら。ニュートラム(モノレール)と地下鉄を乗り継いで約30分くらいの距離だった。

 期間中、私が万博を訪れたのは合計7回。職場でもらったチケット2回で好感触を得たあと、自前でチケットを購入(一日券2回、夜だけチケット3回)したのだった。

 「ガチ勢」でもない私が「万博」のことをイロイロ言うこともできないが、率直な感想として「これだけ盛り上がるとは想像していなかった」
 今や最新技術とか最新の映像コンテンツはネットが舞台で、全世界に同時配信といった類が当たり前となっている。
 万博のような「展示・来館型」のイベントが、「未来を思わせるコンテンツと称して」どれほど盛り上がるのだろうかと懐疑的だった。

 しかし、ふたを開けてみれば真逆の展開。「混んでいる」「予約が取れない」といった状況の中、人々がこぞって集まってきた。通い続けた。終わりが近づくと開催延長を望む声もあがった。閉会日のイベントでは号泣する人も出た。なんなんでしょうね。

 個人的なことを言えば、先の文章で「好感触を得た」と書いたのはパビリオンなどの展示内容より「あの会場の雰囲気」だった。
 確かに混んでいる、人気のパビリオンの予約は取れない、待ちの行列もあちこちでできている。。。でも、「みんな楽しそう」なのだ。

 そして、話題の大屋根リングから会場を一望すれば、世界各国があの輪の中に集まっている、賑々しく隣り合っている、という状況。
 現実の世界では相変わらずあちこちで紛争が起きている現状を知ればこそ、こみ上げてくる想いもある。

 万博なんて今さら・・・って思っていた私の認識は間違っていた。これだけ盛り上がるイベントには何かしら人々を魅了する”一定の真理”があるのでしょう。「明るい未来」「平和な世界」、ありていに言えばそういった希望を感じさせる楽しい国際イベントなのだと思う。っていうか、そういうイベントに仕上げたスタッフさん達に「最敬礼」なのだ。

 「万博のレガシー」という話題がある。後の世に何を残すか・・・というお題だ。大屋根リングを残すとか、会場跡地をどうするか、とかいろんな意見が出ているが、少なくとも今回の万博に感銘を受けた老若男女の心には、すでに「レガシー」なるものが宿っていると思われる。

 そんなこんなをつれづれ想った。それが「わたしの万博」だった。