21世紀の都市vs台風

なんか再び千葉は雨災害やね。
Ramのところは大丈夫そうだけど、いつのまにか「千葉は雨の被害が多い地域」っていうイメージが私の中に定着してしまった感がある。

我々が子供の頃の台風のイメージと言えば、休校や早退、そして停電といった特別イベントだったような気がする。
その中でも停電は小学校時代までの経験で、台風の深刻な被害というのは幸い経験していなかった。
福岡という地域が地理的・気象環境的にそういった被害が起こりにくかったっていうのが大きかったのだと思う。

お互い首都圏や関西圏の都市部に生活の場を移してからも、こと台風や豪雨にひどい目に合った、という記憶がない(そのかわり地震はある)。
例外は2018年の台風21号、くらいか。あれは強風の被害だけど。

今回、ニュースでは度重なる豪雨と台風のため、千葉では停電どころか冠水、自動車の水没、そして死者・行方不明者が出ているという。

21世紀の首都圏でこれだ。

自然の猛威というのは、たかだか人間の数十年の経験で推しはかれるものではない、と改めて痛感した。

間もなく9月も終わり、2026年も残り3か月、最終の第4コーナーに差し掛かったわけだが

少なくともこれ以上、年内は被災事案が発生しないことを祈るばかりだ。

同窓会だってよ

丁度、足を折った4月あたりから由利達が発起人となり、同窓会が決定しました。
恐らくこれが最後の同窓会。今生の別れとなるであろう人もいるだろうなぁ~。
一緒にいくぜ^^

北海道ツーリング、敢行!

世の中、あちこちで洪水やら大豪雨やらの災害が起こる中、いい歳をして誠に恐縮だが、船中泊の4泊を含む7泊8日の北海道ツーリングを敢行した!

8月26日(水)
11時過ぎ、大阪の自宅からバイクで出発、名古屋港に向かう。
16時前に名古屋港の「太平洋フェリー」旅客ターミナルに到着。
18時ごろにフェーリー船内にバイクで乗り込み、同日19時に出航。

フェリーに乗り込むバイカー達


8月27日(木)
終日、船内で過ごす。フェリーは途中仙台港に立ち寄る。

仙台港に寄港中のフェリー甲板にて


8月28日(金)
10時30分頃、予定より30分ほど早く苫小牧港に到着。
総勢30台近くのバイクが次々とフェリーを出て、北海道に上陸した。

 今回の北海道ツーリングの全体像はこんな感じ。
苫小牧から、富良野や美瑛を通って旭川へ(一泊目)。翌8月29日、旭川から再び美瑛や富良野を通って、十勝平野の帯広まで南下した後、北にそびえる大雪山国立公園に向かい、三国峠を越えて北見へ(二泊目)。
次の日8月30日(日)は、東の最果て納沙布岬をまわり、釧路にて宿泊(三泊目)。北海道最終日、釧路を出て、襟裳岬をまわって、茨城県・大洗港行きのフェリーが待つ苫小牧港に舞い戻る、というコース。

 北海道の走行距離は約1,350km。
 ツーリング中は、お昼ご飯を食べることなく、とにかく走り続けた。

 感想・・は、私の語彙力ではとても語れない(笑)

ただ、上陸して率直に感じたことは

こんなに広大な北の大地を開発した先人たちはスゴイ!

ということ(笑)
ついでに、今も生活している人たちもスゴイ!尊敬だ!
オイラだったらと考えると、とても生きていけるとは思えない。。。

そんな畏怖の念、というか、畏敬の念が一番つよく印象に残った。

今はそれくらいしか言えない。
というか、自分の中でうまく消化できていない。すまぬ。。。

だからといって、いつまで待っても消化できるものではないので、とにかく報告する。。

ちなみに、苫小牧から大阪にかえるのに、茨城県の大洗港行きのフェリーと、東京から徳島行きのフェリーを乗り継いだ。

このため、Ramの松戸に立ち寄って「あいさつ」することも頭よぎったが、時間がギリギリとなるため立ち寄りは断念した。すまぬ(笑)。

しかし、最高速度が100kmの圏央道、そして有明までの首都高をバイクで走れたのはよかった。感激した(喜)

レベル5の特別警報

いやはや千葉の雨は大変そうやね

大丈夫ではないやろうけど、大丈夫かね

熊本の地震といい、毎年の酷暑といい、人間にはどーしようもないことが目につく感じの世界

ま、人間は、粛々と、ただただ懸命に、健気に生きるだけなのだが…

それにしてもレベル5の特別警報が出るとは…

驚いたよ

トヨタ博物館に行ってきた!

 先日、トヨタ博物館に行ってきた。
 日本が世界に誇る自動車メーカー・トヨタが「歴史に学び、モビリティの未来を考え、クルマ文化をみんなで創りあげていく博物館」として愛知県は長久手市に開設している博物館だ。
 なんでもトヨタ自動車創立50周年事業の一環として、平成元年にオープンしたものらしい。

 我が家のある大阪からバイクで3時間弱、結構な距離だが高速を飛ばしていってきた。

 土曜日ということもあり、館内は家族連れでにぎわっていた。

 1階から3階にかけて、ガソリン自動車の誕生から現代までのクルマの歴史をたどるように世界の代表的な車両150台が展示されている。
 特段クルマの知識がない私は、クラシックカーのたぐいには目を奪われることなく、すいすい順路を進んでいく。

 そんな中、「俺でも知ってる」という昔なつかしい日本車を写真に収めてきた。あまりにベタで恥ずかしいが、クルマ好きのRamなら生暖かく見守ってくれることを期待するw

 おそらく、クルマ好きの人が本気で見て回ったら、この常設展示のコースだけでも2~3時間は経過してしまうのではなかろうか。
 私は華麗に30分ほどで駆け抜けた。

 そんなクルマ音痴の私がトヨタ博物館を訪れたのは、ひとえにこの「熱狂を生む技術者たち」という企画展示に興味をそそられたからだ。

 この企画展示は、「’80-’90年代 日本のクルマとオートバイ」をテーマにしたもので、この時代の若者を熱狂させたクルマとオートバイ、その誕生の裏にある技術者の熱い姿を伝える展示だという。
 展示エリアのエントリーを飾るのは、RX-7と・・・カッコいいバイク。バックボードには「人馬一体」との四文字熟語。

 ここでお判りのとおり、クルマ音痴の私はバイク音痴でもあった。この時、改めて自覚した。私は、今はバイクに乗ることが好きなおっさんだが、昔からバイクが好きだったり、詳しかったりしたわけではないのだ(笑)

 気を取り直して展示車両をみていこう。
その当時、若者を熱狂させたいうクルマとバイクが展示スペースの左右に並んでいる。

これはオイラでも知ってるカタナだ。

 これは映画トップガンで話題になったカワサキのバイクかな。

 これは今も現役、公道最速の市販バイクともいわれているハヤブサだ。300km/h出るとかなんとか。1999年から販売されている。ギリ90年代。

 ここの車両は、各メーカーごとにだいたい一台ずつ代表的な車両が展示されているようだったが、次の写真の三菱自動車の車両がGTOだったことに、「当時の三菱自動車といえばランサーエボリューションじゃないのか?」という疑問が頭でグルグルまわるのが止められなかった。

 クルマ音痴であり、バイク音痴でもある私は、結局、この展示スペースもハヤテのごとく駆け抜けるのであった。

 このトヨタ博物館、クルマ好きの人なら一度は訪れても損しないミュージアムだ。今回紹介したコンテンツは、この博物館のコンテンツの100分の1にも満たないw
 Ramも機会があれば是非立ち寄ってほしい。

 その後、カフェスペースでコーヒーを飲んで帰ることにしたのだが、そこで頼んだ黒ゴマパン。注文後に温めてくれるのだが、コイツが絶妙においしかったw このことは書き残しておこう。

 目的を果たし、望外においしかった黒ゴマパンをお腹に収めた私は、正午過ぎには博物館を後にし、一路、大阪に向かって帰ったのだった。