ナニワのサイクル野郎

チャリンコ 買ってよかった!

あれからというもの休日となれば自転車に乗らずにはいられない日々を送っている。
しかし、マンション5階の上下運動があるから1日一回のみの娯楽。誓約と制約。

基本パターンは、図書館の開館時刻に合わせて出発。小一時間をかけて心斎橋近くの中央図書館に向かう。
図書館での暇つぶしが終わったら、難波に移動してドトールコーヒーでジャーマンドッグを頬張りブレンドコーヒーで胃袋に流し込む。
気が済んだら我が家の住之江区を目指して走り出す。
家の近くで見つけた謎のシャッター商店街を通って、これまた存在を知らなかったスーパーで食材を買い込み、リュックに詰め込んで帰る。

チャリンコで走行中は、耳を塞がない骨伝導タイプのイヤホンでお気に入りの音楽を聴く。
ご機嫌な音楽を聴きながら、かっこいいチャリンコで颯爽と走れば、吹き溜まりのような大阪の街もイタリアのフィレンツェになるってもんだ。

コロナ禍の期間を経てすっかりランニング熱は氷河期を迎えていたオイラにすれば、久々に運動習慣が帰ってきた感じだ。身体に感じる全身の筋肉疲労も心地よい。

だからと言って長距離のサイクリングに行くつもりはない。ロードバイクなんかに興味もない。

ただただ日常生活に運動習慣が帰ってきたのが心地良いのだ。

そうそう、ramのアドバイスを受け、泥除けのフェンダーは脱着式のやつを入手した。
危ない時にサドルの下につけるやつ。
でも、雨が降ったら乗らない かな。。。

息子に「昭和」といわれた。

いやぁ~久しぶりに空しい事実を知ってしまった。知らなかった。
昨日、何気なく「忘備録」を付け、その話を夕飯時にしたら、一真が、「備忘録ね」と会話に訂正を入れてきた。お前なめんな忘備録だろ。いやいや備忘録だよ。昭和だねー。

色々調べてみたが、正に、忘備録が正で、備忘録は昭和の漫画などで浸透した言葉だということが判明した。備忘録。忘備録・・・。会社でその話をしたら「そうですね。忘備録って言いますね。」と話しも膨らまず、あっさりと忘備録を否定。

さらに調べてみると、日本国民の4:6の割合で備忘録。いや4割は忘備録なんだってよ。

話していて無意味さに気が付くが、ライスカレーとカレーライスの差でライスカレーが忘備録。カレーライスが備忘録なんだなということで納得した。

いやぁ~普通に使う何気ない言葉で「昭和」扱いされるとは・・・トホホ。

ガンダム 再び

先日、お袋さんの通院の付き添いのため福岡に帰った。

いつもは夕方に着くスケジュールなのだが、この日は午前中に福岡に到着。早めに到着したので「ららぽーと福岡」を訪れた。

実物大ガンダム。正確には νガンダム らしい。

その昔、お台場に出現した実物大ガンダムをRamとみたっけ。
あれは何年前だったろう。

あの時はお台場のイベントのひとつ だったような気がしたが、福岡のコレはショッピングモールの客寄せディスプレイとして登場だ。

といっても2022年4月のグランドオープンから2年経過。

知らなかったけど、時間帯によって動いたり、ナレーションが入ったりのイベントが毎日プログラムされているらしい。

お台場のガンダムの時とは違い、年を取ったおじさんが独りで観ても特に盛り上がることはなかったw
でも、寄り道するくらいの価値はあった。と思う。

でも、近所の住民からしたら、毎日の買い物ついでに観るものなんだから、なんだかガンダムが生活感にまみれてしまうようで複雑な思いがする。

Ramはすでに見た?

まだだったら福岡に帰った際には立ち寄ることをお勧めする。
おそらく、立ち寄ったらガンプラまで買ってしまいそうだけどねw

新たなアシ

チャリンコを買った。

チャリンコを買うという行為はいつぶりかというと、おそらく30年ぶりくらい前にさかのぼる。その時買ったチャリンコは、ものの1年も使うこともなく、兵庫県の尼崎から今の大阪に引っ越すときにお別れした。

だから、チャリンコに乗るという行為自体、20数年ぶりになるのではないかと思う。

車を手放した時、大阪市内だからこのままでもいいと思った。200m圏内のタイムス駐車場2ヶ所にカーシェアのサービスがあったので、とりあえず申し込んでおくかと思ったが、今のところ様子見の状態。
まとまった時間の利用ならレンタカーの方が安いし、たまの大きな買い物程度ならタクシーでいいか、配車アプリで呼べるし・・・というのが今の私の見立てである。

そう大阪市内の移動はもっぱら地下鉄、私鉄、バス、そして歩きで事が足りているのだ。

が、ある日、中央図書館で暇を潰している時に、その「思い」が降ってきた。

自転車で図書館に乗り付ける・・・ ええやん!

なんとも優雅な休日な雰囲気だ。図書館の後は、ちょっと離れた喫茶店に寄ってコーヒーを飲む。その時も颯爽と自転車で移動するのだ。 ええやん!

これが罠。無駄遣いは常に薔薇色のライフスタイルという妄想で覆われている。

地獄への道は「善意」で舗装されている という格言に似ている。

フツーに1万円前後の自転車を買うつもりだったのだ。 それが・・・

ようつべ の動画で自転車動画を見るうちに・・・街乗りにはこんな自転車がいい!かっこいい!快適!なんて煽られているうちに買ったのが前述の写真の自転車。

折りたたみできるコンパクトな自転車。ミニベロ っていジャンルらしい。

頭に血が上った状態では、この折りたたみ機能にも即座に反応し、電車に乗って自転車旅行をする「輪行」の妄想も始まった。帰省するときも持っていこうかw・・・いやいや、そこまでの「ガチ勢」になるつもりはない、なってたまるか!と必死に脳内挌闘を繰り返す日々。

でも、スタイリッシュとかには弱いので簡単に目移りする。結果、予算一万円台のつもりが、10万円弱となった。

フロントライト、リアライトを取り付け、ペダルを交換するなど、納品から一週間は外を走る事なく、自室で改造手術を受けていたこの自転車。
そう、交換するパーツ代もかかれば、交換するための工具代もかかった。一つ一つは決して高価ではない。パソコンパーツに比べれば安いもんだ。でもね、これも罠だね笑う

で、いよいよ外の世界にデビューする朝がやってきた。

満を持してマンション5階の自室をでる!・・・・が重い!

約12㎏。コンパクト自転車としては普通の重さ。私もメーカーサイトやようつべの紹介動画で知っていたし、正直「12kg」くらいなら問題ないと思っていた。その認識は間違っていた。

すでに後悔の念が芽生えつつも、何とか地上に降り立ち記念撮影をした。
今日からよろしく! てな感じだ。

その後、30分弱、近所や川沿いのサイクリングコースを回ったが、朝のサイクリングはやはり気持ちい。それは確か。8段変速だから多少の高低は問題なく、スピードもそれなり。
この頃は先ほどの「後悔の念」を打ち負かす思い、つまり「慣れれば問題ない」という思いに変わっていた。

マンションに戻り、今度は地上から5階に運ぶことになり、また弱気になる。

「これ、一日一回が限界じゃね?」

部屋に戻り、早速、持ち運び用のキャリーベルトを買ったのはいうまでもない。

さて、当初に妄想した図書館に颯爽と通う件だが、自分としてはかなり高額なチャリンコを買ってしまったので盗難やイタズラが怖くなっている笑
そしたらどうなったか。。。最新のチェーンや鍵なんかを買ってしまうわけだ 笑
そういう鍵も100%は保証されないのにね。。。そのほか、スーパーなどの買い物のためのリュックバッグも買ってしまった。

そんなこんなで 新しいアシ 自転車

日常生活を少し便利に快適にするアイテムから、一度使用するだけで全身の筋力が鍛えられるアイテムに変わった感があるチャリンコだが大事にしていこうと思う。高くついたし・・・

我が愛車よ、ありがとう。そして さらば!

とうとう我が愛車、ランボルギーニ・ファミリアを手放すことになった。

平成11年式だから1999年。。。25年選手というわけだ。

手放す原因となったのは運転席側の内側ドアノブが折れたため。
部品は生産中止、ディーラーにも在庫なし、ネットにも出回り品無しと判明して詰んだ。

車の乗り降りに必要なドアノブが使えない これは不便だ。
それに、ドアノブは序章で、もうこの車は満身創痍、老体に鞭打って走っていたのだから、これからもボロボロと経年劣化の故障が出てくるだろう。

廃車にするしかない。

廃車を決めてからは早かった。
業者の選定から車の引き取りまで約10日くらいだった。

まず、業者の選定では費用が安いこと を念頭にネットで調べたら、ほとんどの業者が「どんな車でも買い取ります」を謳い文句にしていた。こちらとしては、多少の処分費用は覚悟していたから買い取ると言われても半信半疑。
テレビCMもやっている業者にネットで査定依頼をすると、早速電話がかかってきて、「4万円です」と言ってきたので即決した。

廃車ビジネスは活況のようで、電話でのやり取りからも業者の“前のめり“の姿勢が伝わってきた。曰く「この電話のやり取りで契約は成立しますから、キャンセルした場合はキャンセル料がかかります。いいですか?」と念押しから始まり、翌日には速達で必要書類など記した郵便物が届く。車の引き取り日程も一週間後から対応すると、非常に積極的に感じた。

こちらとしても異存はなかった。
それに、廃車と決まった自分の車を見ているのは思いのほか切ない。
車好きというわけではないが、この感覚は正直なところだったので、早く引き取ってもらえるなら願ってもないことだった。

引き取りの日。
マンションに面した通りに大きな運搬トラックが到着。業者さんは慣れた感じで愛車をトラックに乗せていく。

到着から10分もかからなかったのではなかろうか。慣れたものだ。心の中では「ドナドナ」が流れていたのは言うまでもない。

こうして我が愛車・ファミリは去っていった。
親父が1999年に購入、亡くなった翌年の2006年に大阪に引っ越してきた時に我が愛車として大阪の街を走ることになって18年間。よく頑張ってくれた。
特にコロナ下においては通勤の足としても大活躍だった。

感謝しかない。 いや 大感謝だ!