新年のご挨拶

あけおめことよろWWW

僕は今日から仕事始め。会社ではフロアごとに新年あいさつ、全体では数千人規模。今年のスローガンは「変革の年」だそうです。

年末は恒例の老舗蕎麦屋……は子供たちに任せて、
僕は夕方にのらりくらりと蕎麦屋へ行き、酒を飲んだ豪姫と家族を回収する(ドライバー)役WWW。

長男が25年新卒就職(成田空港)し、初めての年末年始も仕事だったらしく、
中国便が減っても入館審査は相変わらず忙しいと愚痴のオンパレード。
一番うるさいのは日本人なんだそうだ(笑)。

年始は靖国神社で正式参拝、その足で成田山まで参社参り。
おみくじを引いたら……まさかの「凶」!
そうよ、本厄で凶!!やばいっす。
昨年前厄で会社が合併吸収されたけど、今年は一体どんな年になるのやら……。

占い的には、丙午は火の馬パワーが強すぎて凶に出やすいらしく、とにかく目立たず、余計なことに首を突っ込まず、平穏無事が唯一の逃げ道とのこと。思わず厄除けお守り買っちゃったよ。やれやれ(笑)。

デュアルも僕も、いよいよ「還暦」を迎える年。
そう、「赤いちゃんちゃんこ」ですよ。
美輪明宏さんが言ってたけど、赤は強い「気」を呼び寄せる色で、年を重ねて気が薄れてくるから赤を身につけるんだとか。

そういえば僕、50過ぎたあたりから下着が赤だったりするんだけど、これって無意識に気の衰えを感じ取ってるってことなのか……うーむ。

人生の節目の年でもあるし、今年こそどこかで会いましょう^^
今年もよろしく!

50代最後の12月に血圧の話

先月から続いたメディカルチェック。

職場の健康診断・胃カメラ、歯の定期健診、大腸カメラ検診。
幸いなことにいずれも大きな問題はなかったのだが、強く意識することになったのが「血圧」だった。

朝一の健康診断。最初のメニューが身長・体重、そして血圧なのだが、その血圧測定の結果、上が”150”と言われてビックリ!
「えっ!?」と思わず声が出た。
しかし、測定していた看護師さんは淡々と「(後のメニューの)内科検診のときにもう一度測定してください」とだけ言って、次の診断項目へ行けという。。

今まで健康診断で問題になるようなことはなかったのに・・・と思いつつ、それから約20分後の内科検診を受けたときに血圧を測定すると上は”124”とのこと。なんじゃそりゃと思ったが、今度は下が”92”となり、結局「塩分を控えるなどの生活改善をして様子をみてね」的な「C判定」となった。

血圧なんて常に変動するもんだから気にするものではないと聞いていたが、いざ自分が「問題あり」と言われれば気になってしまうのが人情というモノ。

さっそく調べた。
血圧計には公式がある。
血圧 = 心拍出量 × 血管抵抗 だ。

いわゆる 電圧 = 電流 × 抵抗 の公式と同じだ。

心拍出量 てのは 血液が流れようとする量、血管抵抗は血液が血管を流れようとするときの抵抗(流れにくさ)というわけだ。

そんな血圧には「上」と「下」がある。
「上」は、心臓が”ドクン!”と、心臓から血液が排出されたときに血管に与える圧力。収縮期圧力と言うらしい。
「下」は、血液が心臓に向かうときに血管に与える圧力。拡張期血圧と言うらしい。

まーイメージはわかった。でも、そこから先が諸説入り乱れよくわからない。
・ガイドラインでは 135/85 が基準値。
・病院で計る時の基準値より、家庭で計る基準値は低め。
・とりあえず今のガイドラインの値は厳しすぎる。
・そもそも、年齢、男女性別、身長・体重、人それぞれなのに何で基準値は一つなの?
・昔は基準の血圧は 年齢+90 だった。
・高齢者はほとんど基準より高い。でも、高い高齢者の方が認知機能もしっかりしてて活動的だ。

などなど。まー、血圧に関するネット記事やyoutube動画は腐るほどあるが、どれが正しいものなのかわからん。

で、我が家にも血圧計を導入することにした。
とにかく、自分自身のビッグデータを収集しすることにして、年に一回の健康診断の値に脅かされないようにしようと思う。

ちなみにスポーツジムで測定した10年以上前の血圧の記録が出てきた。
それによると3か月間10回の計測結果は、「上」が「115~132」、下が「63~84」だった。

加齢に伴う血管抵抗値は確実に上がっている。
このことには間違いなさそうだ。

そりゃそうだ。

なんたって来年は還暦なのだから(((´∀`))ケラケ)

最古のメール

自宅パソコンのメール(OUTLOOK)を整理して気づいたのだが、現存するメールデータで最も古いが1999年のものだということが判明した(たぶん)。

古いメールは、整理用フォルダに収納されており、その最も古い日付が「1999/05/16(日)」となっている。姉貴からのメールだ。
件名:おしらせ
本文:石井竜也のホームページのアドレスを教えます。みてね
    www.T-STONE.com

・・・だけ。
リンク先は今も生きている。昔から姉貴は米米クラブ、いや石井竜也のファンだったことをおもいだす。

私のアドレスは、当時のプロバイダー・日本テレコムの「odn」のアドレス。現在はソフトバンクに吸収されているが、ドメインはそのままに、今も使っているアドレスだ。

1999年5月は今の会社に転職して半年が経過したくらいか・・・。
おそらく、生活も落ち着き自宅パソコンのプロバイダを日本テレコムに切り替えたか・・・いや、ひょっとしたら、その前から利用していたがパソコンの更新、データの移行の関係で99年5月からのメールデータからしか残っていないのかも知れない。

インターネットの前、パソコン通信のniftyとか利用した記憶はあるが、その時の通信記録が残っているはずもなく、携帯メールはドコモからauに切り替えて最古のメールデータなど保存しているはずもないのだ。

とにかく、現存する最古のメールは1999年5月ということだ。

そのメールの保存場所には当時のプライベートのメールが保存されていた。もちろん、Ramのやつも保存されている。その中で一番古いのは、同じく99年5月、ドメインは”aanda.co.jp”となっている。
件名:Re: 幸せって、何だっけ?
本文:おう。久しぶり!。元気そうでOK。実は俺も色々あったりなかったりで、なかったりします。・・・(以下略、結構な長文だ)。

上記のメール、おそらくは私が相変わらず”ボヤキ”のようなメールを出してことに対する返事のようだ。今も昔もRamにはお世話になりっぱなしだw

そのほか、昔のメールをみていると差出人の名前を見ただけでは思い出せない人や顔を思い出せない人からのメールがたくさんみつかった。
少し意外だったのは親父からのメールが案外に多かったこと。思い出したが、当時の親父は自宅でパソコンに写真データを読み込み、サイズを拡大してプリントアウトして楽しんでいた。オイラの学生時代や社会人なりたての頃の写真や家族旅行の写真データをたくさん送ってきていた。
懐かしいものだ。

ふと思う。
この手の”思い出データ”、どうしたものか。
いや、どうするもこうするも、このまま放置するしかないとはおもうのだが・・・
今話題の生成AIを使って、二次利用、三次利用とかできるのかな。。。

そんなわけで、相変わらずオチの無い話題だったが、Ramの所有する最古のメールはいつのもの?

わたしの万博

 完全に時宜を逸した話題だが、大阪の人間として「万博」のことに触れないわけにはいかないだろう。

正式名称「大阪・関西万博」

開催期間:2025年4月13日~10月13日 計184日

 開幕前、あるいは開幕当初はネガティブな評判・報道に溢れた万博だったが、終わってみれば「万博ロス」というワードが巷に溢れるほど好評のうちに閉幕していた。
 ちなみに私の住まい「大阪市住之江区」と「万博会場」の位置関係はこちら。ニュートラム(モノレール)と地下鉄を乗り継いで約30分くらいの距離だった。

 期間中、私が万博を訪れたのは合計7回。職場でもらったチケット2回で好感触を得たあと、自前でチケットを購入(一日券2回、夜だけチケット3回)したのだった。

 「ガチ勢」でもない私が「万博」のことをイロイロ言うこともできないが、率直な感想として「これだけ盛り上がるとは想像していなかった」
 今や最新技術とか最新の映像コンテンツはネットが舞台で、全世界に同時配信といった類が当たり前となっている。
 万博のような「展示・来館型」のイベントが、「未来を思わせるコンテンツと称して」どれほど盛り上がるのだろうかと懐疑的だった。

 しかし、ふたを開けてみれば真逆の展開。「混んでいる」「予約が取れない」といった状況の中、人々がこぞって集まってきた。通い続けた。終わりが近づくと開催延長を望む声もあがった。閉会日のイベントでは号泣する人も出た。なんなんでしょうね。

 個人的なことを言えば、先の文章で「好感触を得た」と書いたのはパビリオンなどの展示内容より「あの会場の雰囲気」だった。
 確かに混んでいる、人気のパビリオンの予約は取れない、待ちの行列もあちこちでできている。。。でも、「みんな楽しそう」なのだ。

 そして、話題の大屋根リングから会場を一望すれば、世界各国があの輪の中に集まっている、賑々しく隣り合っている、という状況。
 現実の世界では相変わらずあちこちで紛争が起きている現状を知ればこそ、こみ上げてくる想いもある。

 万博なんて今さら・・・って思っていた私の認識は間違っていた。これだけ盛り上がるイベントには何かしら人々を魅了する”一定の真理”があるのでしょう。「明るい未来」「平和な世界」、ありていに言えばそういった希望を感じさせる楽しい国際イベントなのだと思う。っていうか、そういうイベントに仕上げたスタッフさん達に「最敬礼」なのだ。

 「万博のレガシー」という話題がある。後の世に何を残すか・・・というお題だ。大屋根リングを残すとか、会場跡地をどうするか、とかいろんな意見が出ているが、少なくとも今回の万博に感銘を受けた老若男女の心には、すでに「レガシー」なるものが宿っていると思われる。

 そんなこんなをつれづれ想った。それが「わたしの万博」だった。


 

墓参り弾丸ツアー

行ってきました。
9月22日(月)の夕方に大阪・南港を出発し、翌23日(火)・秋分の日に墓参りがてら山口県をバイクツーリングで楽しむ企画、ここにご報告する。

フェリーの航路も含めた全行程はこんな感じ。今回のフェリーは「名門大洋フェリー」だ。

 出発の日は午後からお休みをとり、バイクでフェリー乗り場に駆け付ける。出港は17時だが約90分前の15時30分に到着した。すでに10台くらいのバイクが並んでいた。前回の「さんふらわあ」フェリーと違い、「名門大洋フェーリー」の待機場は屋根付。ちなみに下の写真の中央に映っているカッコいーバイクが我が愛車w

 夕日に向かっていざ出港。下の写真の左側が乗船したフェリーと同型船。右の白いのは四国は愛媛県と結ぶ「オレンジフェリー」だ。

 今回は二度目のフェリーということで若干の余裕があった。しかし、内心びくびくしていたのは、翌日23日の現地の天気だ。予報では、未明から昼過ぎまで雨。しかし、降水量は1mm程度。。
 この降水量の少なさに一縷の望みをかけて朝を待った。ちなみに、門司港に上陸してからのルートはこんな感じ。グーグル先生によると、このルートは5時間ちょっとのルートと出ているが、墓参りや食事、観光地での散策を踏まえ、プラス2時間、7時間を見込んだ行程だ。それでも、帰りのフェリーの出港時間・夕方5時の2時間前には門司に到着する計画だ。

 翌朝(といっても朝の5時なので外は真っ暗)、予定どおりの時刻で門司港に着港。しかし、船を降りる準備をして待つ私の目に映ったのは降り続く雨で濡れた窓ガラス(わかるかな?)。残念。

とはいえ、「雨だから船から降りません」なんてことはできないので、意を決して真っ暗な門司港にバイクで飛び出す。時間が時間なので朝食をとることはできなかったので、真っ先に関門橋の近くにある24時間営業の「めかりパーキングエリア」を目指す。

 グーグル先生によると30分弱のルートだが、実際には暗闇と雨、そして未知のルートということでもっと長く感じた。特に「夜の高速を雨の中走る」という普段の私なら絶対しない走りは結構緊張した。
 そして到着した「めかりパーキング」で食べた朝食が「ごぼう天+肉うどん」。だだっ広いフードコートで独りうどんをかきこむ。おわかりだろうか?下の写真の窓の外。東洋一の吊り橋と言われた関門橋のメインケーブルだ。

 腹ごしらえを済ませ出発しようとバイク乗り場に向かうと、他のバイク乗りグループが到着したところだ。お互いに雨の日に走ることになるとはついていませんね、的な挨拶を交わす。私のバイクをみて「これから大阪に帰らさるとですか!?」とビックリされる。ちなみに彼らは佐賀県から来た模様。

ここからは駆け足で報告する。とにかく、雨、早朝ということで涼しいを通り越して寒いのだ。最初の目的地・本州最西の地「毘沙の鼻」に到着したときの駐車場の様子はこんな感じ。駐車位置がおかしいのは雨を避けようとしたため。

 とにかく、急いで目的地に向かおうと思ってスピードを上げると余計に寒い。といっても、普通に走っていても寒い。なんせ、この日の服装は風通しの良いメッシュジャケットに冷感インナーという組み合わせ。途中、念のために防寒用に持ってきた防風シャツを着こんでも寒くて寒くて。。

 次に向かったのは「角島大橋」。ここが普段はどういう観光地かはリンク先を参照していただくとして、ここでは360度カメラを使った我が雄姿を紹介しようw。
 ついでにその時に私目線に映った景色も。。。リンク先にあるような「まるで空と海の真ん中を通り抜けるような感じ」はまるでしない((´∀`))ケラケラ

 次に向かったのは今回のツアーのメインテーマ「墓参り」だ。ちなみに墓に向かう途中、あまりの寒さに走るのをやめて雨宿りをしながらの休憩を何度かした。

 県道から少し中に入った山の中にあるご先祖様のお墓。親父もここに眠っている。最後にここに来たのは2年前か。。

 もうすぐ還暦を迎えることになったと報告。もう少しだけコッチにいます、とあいさつして墓参りを済ます。

 次の観光地は「元乃隅稲成神社」。ここの写真はリンク先をみてもらった方がよかろうw。当日は、中国人観光客の団体さんが来ていて、昔ながらの集合記念写真をたくさん撮っていた。

 そして最後に紹介するのは「秋吉台スカイライン」。ここを走るころにはすでに雨も止んでいた。けど、なんやかんやで昼食をとれず、サファリパークや秋芳洞などには立ち寄らず、文字通り「駆け抜ける」ことになった。
その時の雄姿を張り付けておこう。

 相変わらず「観光地を楽しむ」要素に欠けたツーリングとなった。だが、今のところ「走るのが楽しい」のだから仕方ない。うん。

 帰りのフェーリー乗り場。一番最後に並んでいるのが我が愛車・CB250Rだが、祝日の夕方ということもあり最終的には30台のバイクが乗船して大阪・南港に向かうことになった。

 以上が「墓参り弾丸ツアー」の報告となる。
なかなか「楽しい」が伝わるような報告が難しいw。でも、次の機会があればまたトライしてみようと思う。
 最後に・・「バイクは”旅行”を”旅”に変える」というのは、言い得て妙だと思った。

 ここで一つRamにチェックというか教えてほしいのだけど、今回の報告で使用した画像は全て「パソコンのスクリーンショット」を貼り付けしたものだ。画像ファイルをリサイズしてアップロードするよりファイル容量が少なくなると思ったからなのだけど、実際はどうなのかな?
 逆効果でファイル容量が大きくなるようなら、画像部分はリサイズしたものを差し替えしたいと思っている。ぜひ、率直な意見を求む。