ご当地ナンバーにしてみた。

まぁ〜デュアルには気の遠くなるほどに無縁な話だとは思うが(笑)かなり手間ひまかけてご当地ナンバーに切り替えることにした。
というのも、俺が住んでいる地域「松戸」にまつわる話。実は松戸には令和2年5月11日まで「松戸ナンバー」が存在せず、松戸=野田ナンバーとして登録されていた。

正直ダサい!ご当地ナンバーランキングでは富士山、つくば、越谷・・・野田。と常にTOP10にランキングされる不名誉な野田ナンバー。


だってさ、野田ってどこよWWW


TOPに野田ナンバーは埼玉県のナンバーって書いてある。いやいや千葉県野田市なんだっつーの。この県境にある野田市。チーバくんの鼻の辺りをぜーんぶ野田にしてしまってたのだった。


いえね、あんま気にしませんょ。でもさ、BMW乗ってたときは態々「・・・1」を抽選で取得したのに「野田」ってさ、THE 田舎の背比べじゃんね。

そこがほれ、オリンピックってあったでしょ?あったよね?あれ?あったよね!あのとき、オリンピック参加国を「おもてなしー」ってやってたのが柏だったり松戸なのよ。
んで、国土交通省が地方版絵柄入りナンバープレートにかこつけて、柏、松戸のナンバーが交付されることになったっつー。いえね、俺はそう思ってるんだけどねWWW

そいで、2019年、松戸ナンバーは「矢切の渡し」に決まったのよ。

桜と船頭さんが風流なこの図柄。いいでしょー。というわけで、ナンバーを変更することにした。

さて、変更するのは良いが、どーせなら希望ナンバーに変えたい。抽選が必要なゾロ目や8、3などの中国人大好きな末広がり文字。そんな中、

俺が着目したのは「縁起の良さ」だ。


358


一見なんの脈略もないこの数字。実はお釈迦様が悟りを開いた35年8ヶ月だったり、なにより密かにブームになっているらしい演技の良い数字で、358にするだけで燃費が良くなり、事故を起こさないわ、警察にも捕まらないわ、病気は治るわ・・・といいことづくめ。

もう358で決定だね。


早速抽選を行い、あっさりと当選したので、交付手数料と寄付金=8,480円(交付手数料:7,480円 寄付金:1,000円)払い、陸運局からの連絡を待っていた。
一週間ほどで陸運局から「ナンバープレートの準備ができた」お知らせが・・・ん?平日16時までとな?くそ!お役所仕事しやがって、バタちんに文句言わにゃ〜なんて日程調整に右往左往していた。

実は同じタイミングで古いテレビ(レーザーとレグザ)を処分するために色々調べていて、最安値がメーカーから型式を調べ、チケットを購入し、指定廃品回収業者に引き渡すことでショップなどの持ち込みで必要なお金が浮くという(総額1万4千円も浮いた)話があり、その指定廃品回収も平日だったので、会社を休んで昨日行ってきたというわけだ。
まず朝市でテレビを廃品回収業者へ引き渡す。先方は手慣れたもので、書類に不備がないか確認し、型式を確認し、はい引取OK!あんなに邪魔だったテレビが軽く処分できた。

つづいてその足で陸運局へ。受付に予め準備した確定書類を渡すだけかと思いきや、考えてみれば当たり前なのだが、車検書も新しく作り変える必要があり、受付の人は親切丁寧だったけど、「はい、この書類に書き込んで、10番窓口へ」「はいこの書類に書き込んで6番窓口へ」「はい、この書類に書き込んで3番窓口へ」と実に様々な書類を書き直しちゃ提出し、提出書類と合わせ別の書類を入手し・・・と目の回る作業。
まー一般人の姿は殆どなく、ディーラーさんやらメーカーさんやらが引っ切り無しに右往左往していて、そのほとんどはインド人!日本語が読めないとのことで何度かインド人と話したが、俺より詳しいじゃんこと人!ってのに舌を巻きつつ、いよいよナンバー交付となった。

なんと自分でナンバーを取り外し、自分で取り付け、最後に後部に陸運局の封緘を確認し、新しい車検書を受けとって作業終了。

そして交換後

いやぁーーーばーーっと文章書いてるけど、そりゃもう素人が手を出すにはハードルの高い作業でしたWWWま、楽しかったけどね。テレビ処分から移動も含めトータル8時間。がっつり有給を消化したのでした(笑)。

どーでしょう。矢切の渡しバージョンの358ナンバー。なかなかよろしいんではないでしょうかWWW自画自賛で終了。

55

河原畑くんも水崎くんも退官か。

エリート公務員の場合、55歳で辞めるというのはよく聞く話。
民間では労基法上問題になる案件。なので”辞職”扱いだし、その後の天下り先の斡旋もしっかりサポートしていると思う。

NTTに努めていた友人も55歳で退職。恐らく、辞職扱いだとは思うけど、その後はグループ会社に転籍か、NTTで再任用的な扱いとのこと。

なんか、官庁も大企業もこの年代の扱いに注意しているみたいでちょっと気になるね^^;

とはいえ、みんな動いているし、変化している。

その変化は、学生生活から社会人生活に変わった二十歳前後の状況に似ているのかな。生活と心構えが一変するという意味では。

似て非なるところは年齢、そして気構え。

20前後と55前後の気構え。前者は「攻め」、後者は「守り」。
それがステレオタイプ。

でも、人間の精神年齢って20代で成長が止まるらしい。
未だにゲームや映画、音楽、コミックやスポーツに目を奪われる私には非常に説得力があるお話。

ならば、55歳の新たなチャレンジも「攻め」に捉えられるのではないか。。。。

と、みんなの動向を聞いて自分に期待しているところです(笑)。

時代変わった -立つ鳥跡を濁さず-

うちの若手の転職が決まった。

会社の事業が縮小するの受け、人件費カットの話が出る中、転職を考え実行したわけで、それはそれで会社の管理職としても歓迎するできごとだった。

転職時期については、転職先の希望、仕事の引継ぎなど今の職場の上長との話し合いで3か月後と決まった。
なるほど、3か月後なら職場の混乱も最小限だろう、と思っていた。

だが、その上長がぼやいていた。
「3か月のうち、約1.5か月は残りの有休消化と夏季休暇を取得したい言ってきた。なので、彼が会社に出社するのは残り約1か月だ。。ま、(上長として)ダメとは言えないよね」

そうですか、時代ですね。。。と声をかけるにとどまる私。

過去2回転職した私の場合、仕事の引継ぎとか、やりかけの業務を完了させることばかり考えていて有休消化なんて頭になかった。

まず仕事、次に職場の仲間、その次に私事

今となっては、この考えにも自分自身、大きく変わった部分があるのは自覚している。でも、若手の立ち振る舞いをみて違和感を感じるということは、わずかながら根っこの部分は仕事を中心に考えるスタイルが残っているのかな。

時代は変わった。改めて実感したよ。