ゲームは参加型の総合芸術

映画は、映像(絵)・音楽・文学(セリフ)・そして”時間”を司る総合芸術と評したエライ人がいたとか、いないとか・・・

それならば、映画の要素に”プレイヤー”として物語に関わるゲームは、「参加型の総合芸術」と言えるのではないか。。。

少なくとも私は個人的にそう思う。

特に日本のRPGはそんな作品が多いと思うな。

つい最近、「ロストジャッジメント」を完走した(最後までプレイした)

木村拓哉さんが主役を演じたゲームで、俗に”キムタクが如く”と言われる「龍が如く」シリーズのキムタク版。その2作目だ。

テーマに「イジメ問題」を取り上げた非常に骨太のストーリーだが、高校を舞台にダンス部などのリズムゲーといったエンタメ要素も満載な、アクション・アドベンチャーゲームだった。

最後、ゲームのエンディングに流れた「Not Alone」というギターのインストには心打たれたよ。
そう、涙がこぼれるくらいに。

あー、早くコロナの世界が終わらないかなー。

こういう自分が感動したことを飲みながら話せる日が来ることを切望するよ。ホントに。

やっぱり延期

2月に予定されていたBUMPのライブ。

やっぱり延期となりました。

やむなし。。というところ。

まーでも、テレビをみて改めて思い知らされたけど、学生さんたちの悲惨な状況をみたら何とかならんのか。。って気持ちになるね。

この二年間、学校行事らしい行事もなく、授業もオンライン主体とか。。

友達、思い出・・・って何?

実際の子供たちは、その辺はうまくやっているのかも知れんけど、なかなかのハードモードだよ。

人の活動を止めることでの感染対策は限界ちゃうかな

紅白歌合戦を観て思ったことを質問

録画していた紅白歌合戦をザッピングのようにみた。

そこで、ふと思ったこと。

巷に出ている楽曲って、意図せず似たような曲になることはあると思うのだけど、昭和から今まで星の数ほど曲は生まれてきているのに、そろそろオリジナルな曲って枯渇したりしないのだろうか・・・

しかし、振り返ってみると、毎年毎年いろんな楽曲が出ているが、「あ、これって聞いたことがある」って即座に思うことってめったにない。
思い出そうとしても記憶がない。

それは素人だからであって、楽曲の著作権を厳しくチェックしているプロの現場では、多くの似たような曲が出てきていたりするのかな?

昔、素人ながらコード進行というものを知った時、世の中に出回る曲は、このパターンのどれかにあてはまるんだ。。と、なんか”有限なイメージ”を持った記憶がある。

でも、それから30年たっても、音楽がワンパターンに感じることはない。

質問を整理する。

今の音楽について、A.昔からの焼き直し B.新しくなっている

乱暴な選択肢だけど、ramのご意見はをお聞きしたい。

コロナの断末魔

ramのコメントで「会社に来て」とあった。

なんか再び「まん防」するらしいけど、テレワークを強化したりしているのかな?

うちの職場では先週から緊急事態宣言時なみのテレワーク体制になっている。出勤するのは原則管理職、車通勤可能な職員のみってな感じ。

まったく、やれやれである。

2月のBUMPのライブに影響が出るのは必至。もう飛行機もホテルも手配済みだというのにどうしたろか。。。

一方で、今回の感染拡大。一部にあるように「コロナの断末魔」説を支持する。弱毒化して、感染力を強めて、普通の風邪と同じレベルになる最後のイベントだと思っている。

急拡大しているが、南アフリカのようにピークアウトも一か月以内だと期待している。

手書きの行く末

デジタルノートを買った。

どちらかというと衝動買い。でも、自分の中では確実にニーズがあり、最近高まってもいた。

たぶん、真っ先にIPADとかではダメなの?っていうツッコミがくる。

IPADは持っている。でも、あのツルツルした書き味はどうにもなじめず、職場とかに持ち歩いたりする気にもならなかったなぁ。少なくとも私はね。

で、そもそもの問題は、私が手書きを重視している点。というか、手書きに頼っている部分が多い問題。

例えば、報告会議の資料を説明するとき、口頭で補足したり、要所をかいつまんで説明するように心がけているのだけど、そのために、いつも資料に手書きで書きこんでしまっている。

試験勉強の時もそう。記憶に定着させるために、私の場合、手書きの方が断然効果的。目で見ただけとか、読んだだけで覚えられる脳ミソがあればどれほど楽だろう。

結果、わが職場でもダントツのペーパーモンスターとなってしまって。ペーパーレスの大号令の中、白い目でみられているわけだ(でも、その分の成果は上げている。タイピングでも負けない。。はず。。と、強がりを入れさせてくれ。)

そんな手書き偏重主義の私が、ある意味、ワラをもすがる思いで手を伸ばしたデジタルノート。

手書き人(びと)とデジタル社会をうまくコーディネイトしてくれると嬉しいと思う。